2008年12月30日

大つごもり

Nacimiento3.JPG中南米は全域カトリック圏なので12月になれば街中に「ナシミエント(イエス生誕のジオラマ的な飾り)」がセットアップされる。
事務所の近くでこないだ見つけたナシミエントは完成度がすごい。
普通馬小屋だけだが、これはベツレヘム全体?


Nacimiento2.JPG
どれが馬小屋なんだか分からん。クリスマスが終わっても翌年の2月まで飾られる(らしい)。
1月6日に東方三博士の人形が足される(聖書によればこの日にベツレヘムに到着したので)とのことだが、これだけ規模がでかいと何がなんだか。

12月27日、イスラエルがこのベツレヘム北のガザへ大規模空爆を開始した。
啓典の民の安息は何処。年の瀬くらい、と日本人なら思うけど。
キリスト教徒以外は西暦なんて知ったこっちゃないのだろうか。
皆さんにとって来年が地震や空爆などない年でありますように。
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2009年01月09日

クリアウォーター・リバイバル

Juazeiro2a.jpg
年末からシャワーに湯がでなくなっていたのがようやく直った。ほんとうに夏でよかったと思う。
クリスマスに同僚からもらったサボテンに、水の代わりに飲みかけの珈琲を与えたところ、みるみるしぼんで枯れてしまった。すまない。

健康診断の結果が届きました。
毎日自転車にまたがり、宮澤賢治ばりの粗食をしているのに尿酸値が高いと診断された。「心外です」と言ったが聞き入られず、水を飲みなさい、と言われた。

水を汲みに行く。
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2009年01月19日

モーターサイクル・ダイヤリーズ/夜になるまえに

Flores1b.JPG Flores2b.JPG
乾季になりました。
第3四半期もなんとか終わりました。

motorcycle_diaries_ver2.jpg 特に書くこともないので中南米映画レビューを。
「モーターサイクル・ダイヤリーズ」チェ・ゲバラの最初の南米旅行日記の映画化。アルゼンチンの医学生であった23歳のゲバラが友人とバイク「ポデロサ2号」で南米を縦断する。モーターサイクルとあるのに隣国チリですでに廃車になってあとは徒歩。ゴールまでは描かれずペルーのハンセン病療養所で「南米はひとつだ」的なスピーチをして去るところで終わる。

05041330.jpgゲバラが「もし我々が救い難い理想主義者と言われるならば、出来もしないことを考えていると言われるならば、何千回でも答えようその通りだ、と」と自身が後に言うように、そんな理想主義者たちがつくった国で生まれた同性愛の詩人レイナルド・アナレスの自伝→「夜になるまえに」
とにかくホモばかり出てくるので気持ちが抗う。
カストロ政権に迫害されタイヤ一本でメキシコ湾を漂流してアメリカへ亡命し、NYでエイズが発覚して自殺する。


ロックスターと詩人と革命家は早死にする、と何かで読んだ。
早死にしたからこそゲバラTシャツはいまだに人気なのであって、盟友のカストロTシャツなんて誰も着ない。確かにゲバラはクールだけど、還暦すぎても歌い続けているミック・ジャガーがよりクールだ。

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2009年01月28日

飛べないモスキート

Goethals1.JPG山本有三の倫理小説的な作品に「心に太陽をもて(新潮文庫)」というものがある。
その中の一篇「パナマ運河物語」はプロジェクトX的な運河建設に伴う困難を乗り越える過程を描いた話。

ACP(パナマ運河庁)のまん前にそびえるこのモノリスは、工事の総責任者G.W.ゴーサルズ中尉(完成時には中将)を讃えている。
アメリカが着工する前のフランス人犠牲者を合わせると3万人近くの犠牲者を出した黄熱病を防ぐため、蚊が媒体であることを発見した軍医W.C.ゴーガス大佐はボーフラの発生を防ぐべく水溜りを埋め、または油を流し、上下水設備工事を行った。

ゴーサルズがとにかく勤労かつ寛大であったことや、またゴーガスの実験に検体を志願し殉死した労働者の話など美談がいろいろと盛り込まれている。

以前エンジニアの出張者とこの運河を見ながら優雅にランチを喰っていた時、こないだ休暇でラスベガスに行ったのだがついでにフーバーダムを見てきたよという話をされた。アメリカ人のボスが、エンジニアなら一度は見たいよね、とそれを継いだ。

経理屋には分からぬ興奮がそこにはあるのだろう。

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2009年02月06日

Best City to Live

Agua14b.JPG先日またアメリカ人のボスらと飯を喰っていた時。世界で一番住みやすい街はどこか、という話題で彼によればシドニー、サンフランシスコ、ケープタウン、香港、ホノルル、リオデジャネイロ、バンクーバーが最高だぜとのこと。

CNNがランキングソースとして使っているMercer社の2008年分の報告によればチューリヒ、ウィーン、ジュネーブ、バンクーバー、オークランド、デュッセルドルフ、ミュンヘン、フランクフルト、ベルン、シドニーという順となる。ラテンアメリカでは100位付近にサンフアン(プエルトリコ)やモンテビデオ(ウルグアイ)が入るのみ。治安の問題かなーやっぱり。
パナマシティなど論外だろう。
この空をとぶとき.JPG英語同様、スペイン語の「住む」という動詞vivirは生きるという意味もある。とはいえ「住みやすい」というということはイコール「生きやすい」ということではないだろう。

とかくに人の世は住みにくい
住みにくさが高じると、
安い所へ引き越したくなる
どこへ越しても住みにくいと悟った時
詩が生れて、画が出来る。
「草枕」より。さすがは漱石。

ちなみに自分なら、
ハイデルベルグ、蘇州、サンパウロ、広島、金沢、松本(順不同)といったところでしょうか。
路面電車好き。


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2009年02月28日

シティ・オブ・ゴッド

cap007.bmp一時帰国して一番最初に見たニュースが中川前金融相の記者会見だった。パナマでも笑いの種にされたが"How Embarrassing"と答える他なかった。

ちょうどカルナヴァル(謝肉祭)の時期。
サンパウロで買ってきたリオのカーニバルのDVDを見る。
Embrrassmentなぞどこ吹く風と露出しまくって踊り狂うブラジル人。むしろ立派だ。

cap003.bmp
サンバというとこのカーニバルのイメージが強すぎてパーカッション中心のダンス音楽と考えられがちだが、実際の音楽としてのサンバはもうすこし緩やかでクールだ。(ボサノバはサンバの亜種)

cap001.bmp

日系人によるエスコラ(サンバ隊の単位。リオデジャネイロでは1エスコラ約3,000人!)
船のハリボテは最初の移民を運んだ笠戸丸。
山車はコンセプトが滅茶苦茶なものばかりだが、規模が半端ではない。同じ馬鹿なら、の境地を見た。
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2009年03月05日

サルサ!

Platea5a.jpg
旧市街のバーにて。フライデーナイト。
パナマのこうした場で演奏される音楽はサルサとメレンゲが8:2といったところ。
サルサは70年代にニューヨークのプエルトリカンやクバノの間で始まった(とされる)。当時のトップアーチストで構成された楽団「ファニア・オールスターズ」はサザン・オールスターズの命名の由来であるとか。

先日パナマの空港の関税で鞄を開けさせられた際、入っていたグロリア・エステファンのCDを「ポルノ?」と聞かれたものだから、そこはキレた。
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2009年03月22日

慰めの報酬

cap020a.jpg007の新作でパナマのカスコ・ビエホ(旧市街)がロケ地に使われているとかねてから聞いていたのでリマで買った海賊版で確認してみました。
ん?こないだ行ったサルサバーでは・・
Platea2.JPG

cap010.bmp

パナマ湾を臨む廃墟がパーティー会場として登場します。
物語上はボリビアのラパスだったが・・

CuscoViejo5.jpg
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2009年04月01日

解放の神学

4月初旬は「セマナ・サンタ(復活祭)」、カトリックでは一番重要な行事だそうです。
リマの街を見渡すサンクリストバルの丘の麓に見えるのは、リオデジャネイロのファベーラと
並び有名なリマのプエブロ・ホーベン(貧民窟)。

両国出身の神父レオナルド・ボフとグスタボ・グティエレスは70年代に「解放の神学」
の理論的支柱となる論文を発表した。当初は熾烈を極めるラテンアメリカの貧困からの
弱者解放を目指すために救済の実践を志向する理論だったが、当時の共産主義思想と
結びつき次第に暴力を肯定する革命運動の理論武装に利用された(ニカラグアの
サンディニスタ革命など)。
故ヨハネパウロ2世やラッツィンガー教理省長官(現教皇ベネディクト16世)らは保守的な
教条主義によっては80年代に解放の神学を強く非難した。裏返せばバチカンが現実問題に
対して如何に無関心を貫いてきたか、あるいは現実問題の解決に充分な寄与を果たして
こなかったかを示唆している。マルキシズムの終焉と共に解放の神学も廃れていったのか
といえばそうではない。現パラグアイ新大統領フェルナンド・ルゴは解放の神学に影響
された元司教であるらしい。
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2009年04月16日

Pura Vida(ピュアライフ)

決算もどうにか終わりが見えてきて、本帰国まで1ヶ月をきりました。

赴任中親父に預けていた愛車をそのまま譲ることになった。
曰く「かなり乗り慣れてしまったので自転車に乗っていられるのも後数年だからこれでいきたい」と。
こう言われては断れないが、最後の自転車ならもっといいのにすればいいのに。

自分にはまだ30年以上自転車に乗る時間がある。そう考えればこの世界もまたよし。

コスタリカのコーヒー。

元は「ピュアライフ」という意味の西語"Pura Vida"はコスタリカでは「最高!」という意味でたくさん使われるとか。

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2009年04月23日

あの夏、一番静かな海。

部屋の窓から見えるビルが2年間でここまでできました。

2回のストライキを経ながらも日曜日以外毎日朝7時から夜2時頃まで。
最初は騒音に悩まされもしたが、自分と同じような労働時間を2年間続けている彼らに(シフト制だろうが)妙な同属意識が生まれるようになった。

帰国準備に追われながらも、ビッグウェーブで有名なビーチにサーフトリップに行ってきた。
決算終わったら、と楽しみとっておいたポール・オースターの新作を読みつつ。
読みたい本をいつでも読めるような余裕のある生活が一番豊かだと思う。
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2009年05月02日

豚の死なない日


エレベーター内にて。咳をカバーしろ、というビラです。
うちのアパートは病院の中にあるからだろうか
中米のハブであるパナマで感染者がいない訳はないと思うが、明後日に控えた大統領選のために隠しているのではないか、という噂がまことしやかに囁かれている。

大統領が決まる頃には自分はもう機上の人であるのだが、
果たして無事に帰国できるのか・・
豚よりもアメリカの横暴な検疫のが個人的には、怖い。

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2009年06月14日

帰去来之辞



帰国して1ヶ月が経ちました。
これで当ブログは終了となります。

職場と自宅でPCに向かいっぱなしの2年間でしたが、送別会で↑こんなモラ(パナマの伝統刺繍)を同僚達からもらいました。
まわりに寄せ書きの入った額縁入りだったがクーリエで東京で受け取った時には額とガラスがぶち割れていた。D○L Panamaに保障請求中だが返信なし。最後までそんな国。。。

Muchas gracias pur su vista durante todos estos años!
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2011年01月22日

ガンダーラ

pakimap.png

アッサラーム・アライコム!

地理のこと。
パキスタンは、インドの西、アフガニスタンの東にあるイスラム国家です。
その首都イスラマバードからカラコルム・ハイウェイ(中国ウイグル自治区のカシュガルからヒマラヤを越えてパキスタンに至る)を車で北へ2時間半、今度の任地アボタバードへ着きます。


アボタバードはペシャワールを州都とする北西辺境州(現カイバル・パクトゥンクワ州)の最も東に位置する県で、アフガン絡みのテロが頻発する州都とは異なりのどかな田舎町です。


「ガンダーラ」というのはこのペシャワールあたりにあった古代王国のことです。ゴダイゴは
"They say it was in India"と歌ってますが、"in Pakistan"なんですね、現代では・・

週1回の更新を目指します。
仕事のことはそこそこに、どうでもいいことをつらつらと。

仕事のことはこちらを参照ください。
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2011年01月23日

ブラックアウト

Highway.jpg
カラコルム・ハイウェイ。
朝5時頃、お祈りの時間を告げるアザーンで起こされる。

来る前から、渡航経験のある人々から「停電あるよ」と聞いていたが、
まさか毎日ってことはないだろうと甘く考えていた。

毎日です。
昨晩は10時から1時間。
今朝は8時から1時間。

日没の頃、腹ごなしに何か買ってこようとゲストハウスを出ると、門番をしていた警官がショットガンを持ってついてくる。
お前を守るのだ、と言う。はあ、そうですか。
ボディガードつきでチャパティと水を買う。
145ルピー也。(1ルピー=1円)
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2011年01月26日

日本人は胃腸が弱い

hambarg.jpg
アッサラーム・アライコム。
今日もアボタバードは寒くて埃っぽいです。

カウンターパートであり、人格者と評判の県知事を訪問。
ペルシャ版ショーン・コネリーみたいな風貌で、ハグされて頭をナデナデされました。
陽の当たる芝生の庭に椅子を並べて、当国の社会保障予算の話などを小一時間。

昨日より前任者の借家にそのまま引越し。
これまで道端の屋台で売っているハンバーグ(強烈な香辛料入り)みたいなものをチャパティと一緒に食べていたが、油のせいだろうか、さっそくダイアリアの洗礼を受けた。
今日から自炊ができます。のりたまウマー
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2011年01月30日

Be Proud of Pakistan

Be Proud of.jpg
こんな道路標識、見たことない。
違反したくないものです。

パキスタンはムスリム国家として1947年に独立したが、国内には大きくパンジャービー人とパシュトゥーン人、スィンドゥー人、バローチ人というエスニックグループがある。最大多数のパンジャービー人が政治・社会・経済的に力を持つために、マイノリティーの反感は根強く、国民統合はいまだに大きな課題となっている。この町のある州はつい最近まで「北西辺境州」という名だったが、カイバル・パクトゥンクワ州に改められた。アフガニスタン国境のカイバル峠とパシュトゥーン人の名称が入ったわけだが、アボタバードに住む人々はパシュトゥーン人ではないので、どういうことだと結構なデモ騒ぎがあったらしい。平和そうな町なんですがねえ。
Be a Proud.jpg
「Be a Proud Pakistani」
誇り高きパキスタン人たれ。
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2011年02月05日

いのちの食べかた(Our Daily Bread)

Farewell party.jpg
歓送迎会にて。アルコールぬき。

いつも行く八百屋ではおまけに香草(シアンツァイ)をつけてくれる。
白菜1玉
キャベツ1玉
にんじん3本
玉ねぎ3玉
ズッキーニ3本
これで100ルピー(1ルピー=1円)。

フレッシュな肉がほしいとドライバーのババールさんに言うと
生きた鶏を売っているところに連れて行ってくれた。
血が抜ける間、捌いてくれた兄ちゃんは携帯をいじってました。
350ルピー。
親子丼をつくって食らう。思わず合掌。
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2011年02月11日

停電の夜に

winsow.jpg
自宅より臨む冠雪するカラコルム山脈。

当り前のようで普段気づかないこと。電気がなければ水道は使えない。
貯水槽から定期的に水を屋上のタンクにポンプで吸い上げるシステムなので、
停電が長引くと水もでなくなる。
たしか2006年のお盆頃、江戸川で船が電線をぶち切ったために都内で大規模な
停電が起きた。朝起きたら水が出なくなっていたことを覚えている。
などと考えつつ電気がつくのを待つ。

ジュンパ・ラヒリ著「停電の夜に」
ピュリッツァー賞受賞。作者は美人。在米インド人の日常を描く短編集を懐中電灯で読む。
表題作は子を死産した夫婦が停電の夜に・・という話で、インドという出自が様々な場面で
スパイスになっている。
この主題なら津島佑子なんかの方がよいと思ったがどうだろうか。
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2011年02月13日

Livin' On a Prayer

Main Bazaar1.jpg
センター街「メイン・バザール」
べつにムスリムの全員が1日5回必ずお祈りをするわけじゃなくて、
それは個人の信仰次第ということらしい。
うちの門番をしてくれてるポリスマンはお祈り用のゴザに寝そべって煙草をふかしている。
しかし金曜の昼のお祈りは成人男子の義務なので(ババールさんはどうなのだろう)、
気合いが入る。こぞってモスクに集まるため街は渋滞。仕事は半ドン。
勤務時間は官庁のそれに合わせて、月―木・土7:30-15:00、金7:30-12:00。
割と時間があります。

今週の水曜は預言者ムハンマドの誕生日。
太陰暦なので日付は毎年変わるのだ。
posted by Unholy at 17:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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